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闇の中の夢 ---------------------------------
あれは何時の事だったのだろうか。 まだ空があって……空が青くて、空気が澄んでいた。 誰かが死んだら無表情なんてことはできずにただ悲しむことができた。 小さな虫の死骸にさえひっそりと悲しみを覚えていた。 過ぎる春に、夏に、秋に、冬に、時折々の感傷を抱くことさえ普通だった。
それが――――――――――……何時からだったろう。
空さえ見えない、空気さえ汚らわしいと思う。 誰が野垂れ死のうと関心がなく誰が死んでも気付きもしない。 それどころか命の鼓動すらさして重要にも思われない。 季節などは、とうに忘れてしまった。
いつからか―――――……もう忘れてしまったけれど。
「ヴァイスには会わせてもらえないのか?」 「もう長い事会ってないけどどういう事なのよ、ネロ」 神羅が密かに作り出したディープグラウンド。 そこで開発を繰り返されたソルジャーの中でもエリートであるツヴィエートは、今やその統率にある人物を据えようとしている状態だった。ツヴィエートの中でも更に強いとされたヴァイスというソルジャー、その人である。 神羅の社長プレジデント神羅が密やかに編み出し繰り広げていたこの地下には、地上のソルジャーてしてトップに躍り出ているセフィロスに近い強さのソルジャーらが潜んでおり、幾度か重ねられた開発の状況からしてもヴァイスは一番の強さを認められていた。 実際の戦闘での実績ではなく、機械上で示された数値。 彼らの能力値を計るのはそんな物でしかなかったが、その数値は神羅の作り出したシステムのレベルの高さからすれば相当信頼性のあるものである。 がしかし、その機械で己の価値を判断されていた彼ら自身は、そんな判断よりもむしろ実績としての己の価値を欲していた。 おまえは強い、そう言われるのは最早当然の事。 では、じゃあどれほど強いのか?――――それを試したくなる。 しかし今まで彼らの周りには重厚な監視があり、その監視は彼らに自由を与えなかった。何度も開発を繰り返してきた彼らの身体はある意味では機械も同様、最早人間という言葉で説明できるかどうかも危ぶまれる。当然その表面はそのものずばり人間だったが、彼らの有する特殊な能力は普通の人間とは言い難いものだった。 人間を掌握した神羅は、半人間の掌握にも長けている。 神羅の檻の中に閉じ込められた彼らはそうして長い間地上を見ることも叶わずに生きてきたが、どうやらそんな長い冬眠もそろそろ時効であるらしい。 時は、来たのだ。 それは地上の変化、そして神羅の変化―――――――――プレジデントの、死だった。 その一大事は本来このディープグラウンドには齎されるはずがない情報だったが、たかが人間でしかない神羅の人間のちょっとした感情の揺らめきが彼らにそれを伝えてしまったのである。そして、突然監視が薄くなった事や突然あの社長が姿を現さなくなった事は、その曖昧な情報を決定付けた。 「社長、死んだんでしょ?」 何気ない調子でそう言ったロッソは、さも興味がないというように明後日の方向を見遣りながら髪を弄ぶ。 「ねえ、絶好のチャンスじゃない?だって社長が死んだのよ。こんなチャンス、逃す手はないわよ」 「そうだとも、このチャンスを逃す手はない。今こそ我らの力を試そうぞ」 アスールはロッソに同意して頷く。 が、彼ら二人の意見を前に頷くことが出来なかったネロは、何を言うでもなくただ二人を見詰め、やがて最後には首を横に振った。 「…今はまだ早すぎるでしょう。ヴァイス兄さんはまだ目覚めていません」 その言葉を聞き、ロッソとアスールは苛立ったように反論する。 「物分りが悪いじゃない、ネロ?だから言ってるのよ。早くヴァイスに会わせて頂戴って」 「そうだ、ネロ。ヴァイスは何故目覚めない?」 早くヴァイスに会わせてくれ。 それが二人の一致した意見で、どうして二人がそれを望んでいるのかはネロとて既に承知している所だったが、かといってネロはそれに快い返事など返せなかった。 二人が何を望んでいる事…それは「この機会に自分たちを試そう」という事である。 ツヴィエートとしてこの場に長年閉じ込められている者同士、当然その気持ちは分からないでもない。今のままでは、世辞を言われて逆上せ上がる愚かな人間とそう相違ないだろう。 だからそれをする為に二人は言うのだ、ヴァイスに会わせて欲しいと。 本来ならば単独でも行動できそうなところを何故そうするのかといえば、それは至って単純、単にヴァイスが一番強いとされているからだった。群れる事など好みそうもない彼らが最強であるヴァイスを必要とするのは別段彼を仰ぐ為ではなく単なる好奇の為である。 数値上での最強を叩きだしたその男が本当に自分より強いのか、それを計る為。 要するにヴァイスもまた、強いとされるが故に標的にされているようなものである。 その心を知っていたネロは、彼らがこれから行おうとしている神羅への反逆行為…結果的にそうなるだろう行為に、己の兄であるヴァイスが引き合いに出される事に少なからず嫌悪を抱いていた。仲間とはいえ、そんなふうに好奇を示すことは許せない。 だって―――――、違う。 このディープグラウンドでずっと前からネロとヴァイスが語り合ってきた事は、そんな事ではなかったのである。己の力を誇示したい気持ちは分からないでもないが、それよりも優先された感情があったから、そんな事はいつも二の次でしかなかった。 それなのに、此処でもし二人の言うような事態が幕を開けたならば、今度はネロとヴァイスが語り合ってきた事の方が二の次となってしまう。 ネロは、その事が許せなかった。 それに――――――今は、ヴァイスに会わせる事など出来ない。 そうできない理由があるのだ。 「急いては事を仕損じる、でしょう?…良いじゃないですか。いつでも出来ますよ」 それに兄さんはまだ目覚めていないんだから、そう言ったネロは、これ以上の話は無いというようにそっと闇の中に姿を消えていく。 それを眼前で見ていたロッソとアスールは、それぞれ苛付いたようにその闇の破片を睨み付けた。 「全く馬鹿馬鹿しい。大体何でいつもネロだけなのよ、いつもネロばっかりがヴァイスに会ってるんじゃない。何で私達は会えないのかしら」 「特別扱いのヴァイスに会えるのは弟だけという事か。神羅の兄弟優遇か?」 「はん、笑っちゃうわね」 鼻で笑ったロッソに、アスールは無表情で問う。 「そういえばシェルクはどうした」 そう問われたロッソは、それこそ興味などないと言うように溜息を吐く。それを見て、今度はアスールが鼻で笑う。 それは、数値を超えて自分を計ろうとする者が、既に数値に囚われているその証拠のようだった。
ディープグラウンドでその強さを認められたヴァイスは、ある一室にて、その強さ故に新たなる開発を余儀なくされていた。別段本人が望んだからではなく、神羅がそう望んだからである。 しかしその開発は困難を極めていた上に、プレジデント神羅の死という一大事故に中途で放り出されるという状況にあり、それは特にネロの怒りを買っていた。 ヴァイスの高レベル開発は、実のところ不安定な状態である。 にも関わらず、神羅の一大事故にそれを中途で放り出された事でヴァイスの開発は依然進まず、結果その一室から出られない。その強さをもってすれば其処からの脱出など容易だろうと思われるが、実際のところはそういうわけにはいかなかった。 何故なら、ヴァイスの高度開発は失敗の二文字に迫られていたからである。 ネロはそのような開発上の詳細など知らなかったが、明らかに様子がおかしい兄を見ていれば何となく予想付けられるところであり、その為こうしてその場に足を運んでいた。 誰しもが強いと認めた兄。 その兄が実際はこんな状況であるなど、知られたくなかった。 それは体裁の為などではなく単に、何人たりとも兄を見下すなど許せなかったから。 だから、監視が薄くなった後に必死に探し出した兄専用の開発室には、ロッソであろうがアスールであろうがシェルクであろうが、その足を踏み入れさせることは遮断していた。その為に敷いた己の特有技能ともいえる闇は良い具合に他人の目からその場を覆い隠し、今のところ誰にも気付かれていない。確かに存在しているものをカモフラージュ的に隠す事など容易な事だ。 「―――――ヴァイス兄さん」 その一室にやってきたネロは、依然テストチューブに入れられたままのヴァイスを目にしながらそう呟く。 ヴァイスは目を閉じていたが、ネロの言葉に気付いたのだか、テストチューブの中でそっとその瞼を開けた。そうして、ネロを見遣る。 「…ネロか。まだ奴らは返ってこないのか」 「そう、地上は何かの騒ぎらしいからね。…きっともう返って来ないんだ。兄さんをこんな状態にしておきながら…酷い」 「……」 ヴァイスはそっとネロから視線を外すと、見飽きた天井を仰いだ。そして、ここ数日…いや数ヶ月か数年か分からないが、ともかくこの一室に入れられてからの事を思い返す。 戦闘能力の数値が最高値を叩き出した事で更なるレベルの開発をされる事になってから、ヴァイスはずっとこの状態のままだった。今迄とは違う何か特殊な事をするのだと言いヴァイスをテストチューブに漬け込んだ神羅の開発員達は、その開発を始めた途端に何やら難色を示し始めたものである。 ヴァイスはその表情の示すものが「失敗」だと気付いていた。 自分以外のソルジャー達が何度も「失敗」に陥り捨てられてきた事を知っているし、そういう時開発員達は得ていてそういう難解な顔を見せていたから。だから、その表情を見て自分はとうとう失敗に終わったのだと思っていた。 しかしヴァイスは過去最高の数値を叩き出した者、神羅の人間がそうそうそれを諦めるはずなどなかったのである。彼らはヴァイスの開発について更なる施しを始め、恐らく危険な賭けに出たのだ。 順調に上を目指す開発ではなく、一か八かの開発―――――…一つ間違えれば大成功、一つ間違えれば大失敗、そういうような賭け。 それによって何とか回復を見せ始めたヴァイスの開発だったが、結局地上での一大事の所為ですっかり放り出されることとなってしまった。開発員達が姿を消し、後には監視員だけが残される。このような事態が何を示すのか、その全体的なものは分からなかったが、ただヴァイスは“自分が危うい状態”である事だけは分かっていた。 実際の所は、ディープグラウンドの最高責任者ともいうべきプレジデント神羅を失った事でその存在の方向性すら曖昧になった事が開発の中断の理由だったが、そのような事を彼らは知らない。誰かの利害など関係ない事だし、問題なのは神羅の勝手の為に此処までされてきた自分たちの行く先だった。 とにかくどんな事情があるにしろ、発展の無いこの状況は虚しすぎる。 「…ネロ。どうやら約束は守れそうにないな」 天井を仰いだままそう言ったヴァイスの眼には、いつかの風景が浮かんでいた。それはネロも知る風景で、たといそれを事細かに説明せずともネロにはそれが何なのかが理解できる。 約束という言葉を口にした事は無かったが、思えばそれは約束かもしれない。 何時の事だったかもう忘れてしまったけれど、微かに頭の隅に残っている風景――――その風景の中に再度降り立つ事。それは地上にさえ出ることが叶わない彼らにはおよそ夢のような話だったが、それでもヴァイスはいつもネロに伝えてきた。 いつか地上に、と。 「地上はどんな場所だったか…あまり覚えてはいない。だが此処よりは心地も良いだろう。…その約束も遂ぞ叶わず…だな」 「そんな事はない。そんな事は無いよ、兄さ――――」 「無理だ」 目を閉じそう断言したヴァイスは、何度かネロの口から聞いていたロッソとアスールの願いについて、 「お前はあいつらと一緒に出たら良い」 そう言った。 約束は守れなくとも、ネロだけであればそれも可能と考えられる。動けない…というより動くことで何かおかしくなるだろう身体を抱えていては一緒にそれを叶えることなど出来るはずも無い。 しかしネロは、そんなヴァイスを頑なに拒否した。 「それは出来ないよ。彼らは兄さんに会いたがってる。兄さんが動く事が前提にあるんだ。…それにボクは一人では此処を出たいとは思わない。そこまでする必要は無いんだ。一緒でなければ意味なんて無い」 「ネロ…」 「どうして…こんな事に。何でこんな事になったんだろう…」 テストチューブにもたれ掛かるようにしたネロは、それを制御管理している機械の柱をぼんやりと見遣る。そこにはネロには分かりかねるスイッチが並び、数多くの数字が浮かび上がっていた。数値の変動は見られない。 ――――――こんなものに縛られているなんて、許せない。 自分の慕ってきた兄が今やそんなものに制御されている事はどうにも許せなく、それは今迄にもずっと思ってきたことだった。当然兄だけでなく自分もそれと似たようなもので、それはやはり許せないと思っている。そもそもこんな場所に閉じ込められたそれ自体が許せないのだし、自分の意志とは関係なしに此処までされた事こそ許せない事だった。 しかし何にも増して最悪なのは、此処までされておきながら何もできないという事実だったろう。
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