Cinderella(第四話)

Cinderella

4.ライブ

 

ライブハウスというところに初めて行ったけど、そこはどうやら数あるライブハウスの中でも大きめのところらしかった。結構人がたくさんいるけど、やっぱり女の子が大半を占めてる。

可愛い人形みたいな服を着てる女の子。

胸の肌蹴た派手な服を着てる女の子。

いろんな子がいて、それぞれグループになってわいわいと楽しんでいる。

そんな中で俺は一人きり、普通のシャツにズボンなんていう味気ない格好をしていた。ファンの子達はあんなに可愛い子ばっかりなんだ。そう思うと、アカネの目に映るのはそんな可愛い女の子達なんだろうなって気がして、俺は何だか辛い気持ちになってくる。

ライブハウスはワンドリンク制っていうのになってて、必ずドリンクが1つつくようになっていた。500円。結構するもんなんだな、なんて思いながら俺はジンジャーエールを頼む。

確かアカネはしもてだって言ってたっけ。

そう思って左側の後ろの方に、俺は立っていた。やることがないからジンジャーエールをちょびちょび飲んで、周りをぼんやりと見てみる。会場は満員とまではいかなかったけど、8割がたは人が入っていた。

チケットには、DOOR¥3500と書かれている。

へえ…当日だったら3500円するんだな…。何だかこんなチケットを貰ってしまってよかったんだろうか、なんて気分になってきてしまった。

会場内はガヤガヤと騒がしかったけど、暫くして、突然ふっと電気が消えた。その瞬間、わああああと声が一斉に響く。

悠長にジンジャーエールを飲んでいた俺は、突然後ろからタックルされて、危うくジンジャーエールをこぼしそうになった。危ない危ない。

ふう、なんて思いながら正面を見る。

と、ステージの上にアカネの姿があった。

「あ…!」

俺は思わず短い声を上げて、一歩進み出る。あれが、バンドでのアカネなんだ。アカネが持っているのはギターだった。そうか、アカネってギタリストなんだ。俺は今更そんなことを思う。

うわー…やっぱアカネ、カッコイイよ…。

光が当たってキラキラしてる金髪が、アカネが動くたびにふわっと揺れる。俺が惚れたあの日みたいに、アカネは黒いシャツに黒いズボンを履いてた。

「アカネええええーーーーー!!!!」

ふいに、隣の女の子が手を振り上げてそう叫んだ。俺はドキッとしてしまう。アカネのファンなのかな?いや、それしかないよな。

この会場の中に、アカネのこと好きな女の子ってどのくらいいるんだろう。きっとたくさんいるんだろうな…。やっぱり、俺なんか適わないよ。だってその子たちはアカネの姿を今までいっぱい見てきて、こんなふうにアカネに好きだって叫び続けてるんだ。俺にはそれすらできない。

周囲は曲に合わせて手を振り上げていて、みんなノリノリだった。

俺がどうして良いか分からなくて、ただただステージの上のアカネを見る。そして、なんとなく、胸の前で小さく手を振ってみた。どう考えても初心者的なことをしてる俺がちょっと空しい…。

…が。

「え…?」

そのとき、ステージ上のアカネが、ピックを指に挟んだまま挨拶するように右手をすっと上げた。

え?…ええっ!?

まさか…俺?

いやいや、そんなことないよな。だって見えるはずないし。

そもそも俺に対してじゃないよな。

そうだそうだ、自意識過剰だぞ、俺!期待しすぎだっつーの!

俺はそう思いながらも周りをキョロキョロと見回してみたけど、周りのみんなは誰も曲に夢中で、一心不乱に手を上げているだけだった。

お、おかしいな…。

そう思ってまたアカネの方を向くと、アカネがにっこりと笑った。

俺の大好きなあの笑顔で。

 

 

 

ライブの日、アカネは家に帰ってこなかった。

きっと飲んでいるんだろう。なんとなくそんな気がする。

俺がアカネに会ったのは、その次の日の夜のことだった。

「おっす。ライブ来てくれたんだな、ありがとな!そういやジュン、手振ってくれたよな」

「えっ!あれって見えてたの?」

「見えるよ。人が多いから見えないって思うだろ?でも案外と見えるんだよ、ステージの上って。で、あの辺りで飛びぬけて背の高いやつがいるなーって思って。ジュンだってすぐに気づいた」

「そ、そうなんだ…」

ひえー…そうなんだ、意外と見えるもんなんだ。

っていうことは…やっぱりあれは、俺に挨拶してくれたってことなのかな。俺はちょっとドキドキしてしまった。だってあれだけの人の中で、アカネのファンだってたくさんいるはずなのに、その中で俺に挨拶してくれるって…なんかすごく嬉しい気がする。

アカネはビールをプシュッとあけると、それをゴクゴクやりはじめた。

「で、俺ってどうだった?かっこよかっただろ?なーんちゃって」

「うん、かっこよかったよ」

「そうだよなー……って、え!?マジにそう思ってんの?」

驚いてビールを噴出しそうになってたアカネに向かって、俺はうんと頷いた。

だって…本当にかっこよかったし…。

素直な気持ちなんだけど…。

「うわー本当にそういわれるとは思ってもみなかった。でもなんか嬉しいな。ありがとな、ジュン」

「そんな。別に、本当にそう思っただけだし」

「あはは、そっかそっか。いやーなんか素でそう言われると照れるな」

アカネはきっと、男として俺がアカネをかっこいいって言ってると思ってるんだろう。確かにアカネは普通に見てもかっこいいって思う。だけど実際俺は女だし、アカネのこと好きだと思ってるんだ。

もしかしたら俺は、アカネのことが好きだからカッコイイって思うのかもしれない。

だけど、そんなこと言えないよ。

あの会場にいた女の子達みたいに、手を振り上げて、アカネ、って、そんなふうに叫べないよ。

「良かったらまた見に来いよ。チケットはやるからさ」

「あ、チケット!そうだ、あれ3500円もすんじゃん。俺、払うよ!」

「いらんいらん!俺が見に来て欲しいって思っただけだから、そんなの絶対受け取れないって」

「でも…」

「いいからいいから」

なあ、アカネ。

アカネがそう言ってくれるの嬉しいし、俺だってまたアカネのライブを見たいけど、あの空間で俺は、ただでさえ無い自信がどんどん無くなってく気がするよ。

チケットを買って、わくわくしながら当日を待って、やっと会えたんだって喜ぶ女の子達に比べて、俺には何もないんだ。

俺にあるのは、ただアカネが好きだってこと。

だけど俺は、あの3500円のチケットにその気持ちを全部つめ込められるのかな。あのファンの可愛い女の子達みたいに…。

アカネが、バンドのことについて何かを話している。

だけど俺の耳には、それが全く入っていなかった。

 

 

 

Cinderella(第三話) 

Cinderella

3.絶対勝てないこと

 

アカネが帰ってくるのは夜遅くだ。

一応はまだ俺がおきてる時間に帰ってくるけど、大体顔を合わすのは少しだけ。それで次の朝は俺より早いんだから、本当にアカネはすごいって思う。そのくせ疲れた顔なんてまるで見せない。

そういえば俺は、アカネがなにをしてるのかを知らない。

どんな仕事してるのかとか。

どんなことに興味があるのかとか。

帰ってきて少しだけ共有してる時間は、大体世間話をしてる。でもそれは、仕事内容が特定できるようなことじゃなくて、職場のやつがこうこうこうでさ、とか、今日電車の中でこんなことがあってさ、とか、本当にどうでもいいことだった。

アカネを好きになるにつれ、俺はアカネのことが知りたくなって仕方なくなってた。

どんな仕事してるのか、どんなことが好きなのか、それにあの香水はなんてやつなのか、それに…どんな女が好きなのか…。

だけど、それを切り出すのは勇気がいった。

本当は何でもないことなんだろう。ただ普通に聞けばいいだけの話なのに、好きだって自覚し始めてから、俺はドキドキしっぱなしで、普通のことにさえいちいちドキドキしてたんだ。

だから、ようやくそれを切り出せたときには本当にどっと疲れた。

「そういえば…さ。アカネってどんな仕事してんの?」

「ん?仕事?言ってなかったっけ?」

夜遅く帰宅して、即効でシャワーを浴びたアカネは、あろうことに上半身に何もつけないまま肩にバスタオルをしょってビールを飲み始めた。

ちょ…目に毒だから!

ドキドキして仕方ない。

…というか、マトモに見れない。

それでも不意打ちで目に入ってしまったりすると、しっかりと筋肉のついた腹とか肩とか二の腕とかに俺は死ぬほどドキドキした。

うわー…マジに男だ…。

当たり前なんだろうけど、外見だけ男に見える俺とかとはやっぱり違うんだって思い知らされる。俺は肩幅あるほうだけど、アカネはもっとある。当たり前か。その上背も高いし、体のバランスもいいし…やっぱ目に毒だ…。

濡れてて乾いてない髪…こういうのをセクシーっていうのかな…。

「多目的ホールのスタッフやってる。裏方な。大荷物運んだり、セットしたりすんだよ。たまに客案内したりもするけどな」

「へえ、だからか…」

「だからって何が?」

「あ!いや、なんていうかその、筋肉ついてんなーとかって思ったから!」

俺が慌ててそう言うと、アカネは、そうそうそうなんだよ、とあの笑顔で笑った。

やばい…一撃ノックアウトだ…。

というか服を…服を着てくれ…!

「で、でもさ、ホールってそんなに遅くまで仕事あるんだ?アカネっていつも帰ってくるの遅いじゃん!?」

「あ、それはな。ちょっと事情があるんだよ。仕事自体もまあまあ終わるの遅いんだけど、俺重鎮じゃないしな。仕事上がった後、この近くのスタジオに寄ってるんだ」

「スタジオ?」

俺はようやくアカネの仕事やら趣味やらを知ることになった。

どうやらアカネはバンドをやっているらしい。なるほど、だから金髪なんだなって、何だか変に納得した。

スタジオというのは練習のスタジオのことで、なんでも友達の親が経営してるんだとか。だから楽器はいつもそこにおいてあって、ただで練習させてもらってるらしい。

「バンドかー。なんかアカネに似合ってるな」

ますますモテそうだよ…。

だって、ミュージシャンって大概モテるもんじゃないか。ただでさえモテそうなのに、さらに音楽をやってるなんて、これじゃあ俺なんかカスだ。

「練習に使える時間少ないから、本当にもう地道なもんだぜ。でもさ、そろそろバンドも軌道に乗り始めてきてるし、いろいろ考えなきゃなとは思ってるんだ」

「え?考えるって何を?」

「んーまずは仕事かな。今の仕事だと時間が足りないから、もっと短時間で稼げるものを探さないとって思ってるんだ。まあそんなにうまい話はないだろうけどさ」

「え、じゃあアカネのバンドって結構人気あるんだ?」

「んーどうかな?」

アカネはどうかな、なんて言ったけど、俺の予感では人気がありそうだ。だけど俺はそういうのにも無縁だから、いまいち詳しいことが分からない。

なんていうバンド?

そう聞いたら、アカネはライブに誘ってくれた。

なんとかRainって名前らしい。

そのなんとかの部分が聞いたことない単語でいまいち覚えられなくて、聞き返すのも何だかなと思って結局そのままになってしまった。

「都内のライブハウスなんだけど、そこでやるのラストだからさ。良かったら見に来てくれよ。チケットがあったはずなんだけど…」

アカネは一旦部屋に戻ってゴソゴソやると、四角い紙切れを持ってリビングに戻ってきた。相変わらず服は着てないままだ。

「これ!ま、来れなかったら捨てといて良いからさ」

行く!

絶対行く!

俺は猛スピードで頭ん中に入ってるシフトを取り出して都合をつける手段を考えてた。せっかくの機会なんだ。せっかくアカネが誘ってくれたんだ。絶対に行きたい。なんとしてでも行きたい!

「あ、もし来れたらさ、見るときはしもてな」

「しもて?」

「客席から見たら左側かな。俺、そっちに立ってるから。俺の勇姿を見てやってくれよ。かっこいいぜー。なーんちゃって、嘘嘘」

アカネは笑いながらそう言う。

俺は心の中で、最後の嘘嘘の部分を、本当本当、と言いなおしてた。

 

 

 

ウチの職場には、結構個性的なスタッフが多い。

ユリちゃんなんかは普通っぽいけど、それ以外にも、カメラ小僧みたいなヤツとか、ゲームマニアみたいなやつとか、大食いの女の子とか、雑誌の読者モデルをやってる子なんかもいる。

「アイちゃんさ、バンドの追っかけしてんだったよな?」

「うん、してるよー。あ、園ちゃん、この前の休み希望大丈夫だったかなあ?超好きなバンドのライブなんだよね。しかもツアーファイナルでー」

アイちゃんは、バンドの追っかけをしてる女の子だ。

好きなバンドがいくつかあるらしいけど、そのうちの一つが本命で、本命バンドのライブには全部行くのが当然らしい。そのおかげで、アイちゃんのシフトはすごく不規則なんだ。がっつり出たと思ったら、がっつり休む。いつもお金が足りないとぼやいてるのはチケット代と旅行費で飛んでいってるからだとか。

「あのさ、なんとかRainってバンド知ってる?」

「なんとかRain?んーと…えーと…あ、もしかしてアレかな。Gloomy Rain」

「グル…?それって、その、結構有名なカンジ?」

「んーまあまあ有名かな?最近雑誌とかにも載ってるしー」

雑誌に!?

なんだそれ!やっぱり人気なんじゃん!?

何だよ、アカネ、どうかなーとかなんとかいってたけど、やっぱり人気なんだ。

アイちゃんの情報だと、最近はチケットが売り切れてるらしい。アイちゃんの友達がファンなんだとか。

…っていうか。

アイちゃんの友達のことは知らないけど、一応はそんな近くにアカネのバンドのファンがいるわけだ。俺はそんなアカネを好きになって、一緒に住んでて…。

なんか、ファンに知られたら俺は殺されそうな気がする。

俺が悶々と好きだとか思ってることなんて、馬鹿みたいなことなのかもしれない。だって、世の中にはアカネのファンだって言う子がきっとたくさんいるんだ。それなのに俺は…。

「園ちゃん、どしたの急に?もしかしてファンなのー?」

「あ、違う違う!ただ聞いただけだから!」

俺は何だかむなしくなった。

俺は、勝てっこないよ。

いっぱいの可愛い女の子達がアカネのことを好きなんだって思ったら、俺なんて絶対に勝てっこない。いや、元々勝敗の問題じゃないんだけど、俺がアカネの傍にいてドキドキなんかしてるのは馬鹿らしいことなんだって分かった気がする。思い知らされたっていうか…。

むなしくて仕方なくて、俺はレジミスを連発で引き起こした。

店長にがっつり怒られてしぼんでたらユリちゃんが話しかけてきてくれたけど、俺はやっぱり立ち直れない。いっそ落ち込んでる内容を暴露しちゃいたかったけど、それはやっぱり出来なくて、俺はもぬけの殻みたいになりながら仕事をした。

「園部さん、これプレゼントです。使って下さいねー」

退勤前に、気を使ってくれたのか、ユリちゃんが俺に小さな小瓶を渡してきた。この瓶ってどこかで見たことあるなと思ったら、ウチの香水売り場に売ってるアトマイザーだった。小分けするやつ。

アトマイザーの中に、少しの液体が入ってる。

ユリちゃんいわく、元気が出る香水です、らしい。

仕事が終わったあとにシュッと吹き付けてみたけど、ふんわり甘い感じの匂いがして、俺には似合わないと思った。バニラみたいな匂いだ。でもユリちゃんがくれたものだし、大事にしないとなって思う。

その匂いには、アカネも気づいたらしい。

「お、甘い匂いがする。美味そう。女の子っぽい匂いだな」

くんくんと鼻を鳴らしてバニラみたいな匂いを嗅いでるアカネを見て、俺はちょっと笑いそうになった。

でも、それと同時に何だかものすごく辛い気持ちになった。

俺には似合わないバニラの匂い。

アカネはきっと、好きなんだろうな。

 

 

 

Cinderella(第二話)

Cinderella

2.男の子、女の子

 

あんたは女の子なんだから、自分のことは「私」と言いなさい。

そう何度も親に叱られてきたけど、俺は一向にそれを守らなかった。

学校にいるときでさえ俺と言い続けてきた。

自分のことを「僕」と呼ぶ女の子もいるけど、俺は「俺」派で、それはどっちも同じようなものだと思う。それなのに「俺」派の俺だけがそう言われるのは何だか納得いかないもんだ。

昔から周囲は、俺のことを良く男と間違えた。

顔も男っぽいし、背も170センチくらいあるし、声も低めだし、スカートなんかは一度もはいたことがない。高校は運良く私服校だったから、いつもパンツスタイルで登校してたし、まるで嘘みたいに胸もないからノーブラでも問題ないってくらい。

兄貴のアパートに来たときも同じだ。

回り近所は兄貴の「弟」が移り住んだと思ったらしくて、俺のことを「お兄さん」と呼んだ。それは未だに変わらない。何故って、俺が女だってことには誰も気づかないし、疑いもしないし、俺も訂正なんかしないからだ。

男だと思われても、さしたる問題ってものはない。

むしろ外にいるときのほうが「えっ」っていう目で見られる。

トイレなんかは顕著だ。

俺も出来れば本当に男として生まれてきたかったけど、残念ながら肝心なもんがついてないから女として生きるしかない。だけど俺には、普通の女の子がやっているようなお洒落とか女の子っぽい趣味とか、やっぱりついていけないんだ。

当然だけど、兄貴は俺が女だっていうことを知ってる。

それなのに、アパートに男友達を泊まらせてやってくれ、なんて言ってくるんだから、世間的に考えたらこれはありえない話なんだろう。だけどウチでは問題ない。だって俺は男だと思われてるから、相手が男だろうが、変な気なんか起こすこともない。つまり、間違っても「過ち」なんてことは起きないわけだ。

そんな俺が、男に惚れた。

たまたま、偶然、泊まりに来た男に。

俺は今でも何だか信じられないんだ。

今まで「こいつってすごいな」とか「かっこいいな」って思うことはやっぱりあったけど、こんなふうにドキドキなんてしたことはなかった。それなのになんでこんな気持ちになったんだろう。

俺よりも高い背。

多分180センチ以上はあるんだろうな。

ちょっと長めの金髪で、ふちの無い眼鏡をかけてる。

惚れたその日は、黒のシャツを着てたっけ。よれよれのじゃなくて、ぴしっとした感じの、黒のシャツ。で、ズボンも黒だった。

チャラ男に近いような雰囲気なんだけど、チャラくは見えない。近寄りがたそうなイメージなのに、意外とすぐに笑ったりするんだ。その笑顔が、何だか本当に嬉しいって感じの笑顔で、営業スマイルに慣れてる人なんかとは絶対的に違ってた。

一見細く見えるけど、実は単に着やせするタイプらしくて、案外としっかりした体型をしてる。いや、さすがに素っ裸なんか見たことないけど、ラインで何となく分かるカンジ。

浜瀬赤禰。

それがアイツの名前。

アカネって名前が女っぽいから、名前だけだとすぐに女と間違われるんだと言ってた。俺と正反対だなって思ってちょっと面白かった。勿論、アカネの場合は姿を見ればすぐに男だって分かるから、俺とはだいぶ違うんだけど。

アカネは本当にカッコイイ。

何をやってても様になるし、月並みだけど優しいし、きっとアカネはモテるんだろうなって思う。もしかしたら彼女がいるのかもしれない。こんだけかっこよかったら彼女がいて当然だと思う。

だけど、できればいなければ良いなと思ってる。

まさか俺みたいなヤツがアカネと…なんてこと絶対に絶対にないと思う…けど、なんていうかこう…。

多分、彼女なんて見たらすごいショック受ける。

寝込むかもしんない。

そんなことを考えてアカネと暮らしてる俺は、毎日毎日楽しいけど、ドキドキしっぱなしで心臓がすごく疲れるんだ。

アカネが傍に来ると緊張する。

アカネは俺のこと男だと思ってるから何の気なしに近づいてくるし、時々なんかは俺の部屋で寝ちゃうことだってある。

よくよく考えると、一緒に住んでるってすごいことなんだよな…。

だけど、こんな生活、いつまで続けられるんだろう。

元々兄貴のアパートなんだし、いつかアカネはいなくなっちゃうかもしれない。そのとき俺は、どうすることもできないんだろう。だからせめてそれまで、アカネの傍にいたいって思うんだ。

 

 

 

俺は、ある大型雑貨店の契約社員をやってる。

全国規模のおっきな雑貨店だ。

学生のときにアルバイトをしてて、そのまま契約に上がっただけなんだけど、やっぱり慣れてる職場は楽だと思う。ただ、代わり映えはしない。

ニ年に一度くらい、マンネリ化を防ぐための改装というのをする。そうすると店舗の雰囲気がガラッと変わるんだ。そのときくらいかな、代わり映えするのは。あとは、人員が出たり入ったり。

バラエティショップ風になってるウチの店舗では、一角に化粧品が売ってる。国内有名メーカーとかじゃなくて、輸入品とか、あとは無添加物を売りにしてるようなやつだ。

こういうのは売ってるところが少ないから、顧客が良く来るんだ。毎月買いに来るOLや主婦が多い。俺はそれをレジ通ししながら、へー、一ヶ月で化粧品って終わるもんなんだ、なんていう感想を抱く。

「化粧品って種類がたくさんあるよな」

俺にはいまいち分からない。

安物の、さっぱりした水みたいなやつを顔につけてるだけだし、化粧なんて無縁だし。

「園部さん、これ社割で買いたいんですけど」

「あ、了解ー」

ウチのバイトのユリちゃんは、このコーナーの担当をしてて、いつも仕事中に商品をチェックしてる。といっても仕事をサボってるわけじゃないから問題はない。それに彼女は化粧品が好きらしくって、知識も結構持ってるんだ。

ユリちゃんは可愛いから、化粧品とかが似合う。

こんな可愛い子だったら、男なら付き合いたいって思うんだろうなあ。

俺はそんなことを考えて、ふとアカネの顔を思い浮かべた。

…って!

オイオイ、アカネは関係ないだろって俺!なに思い出してんだよ!

俺は急に恥ずかしくなって、目の前のユリちゃんが俺の心を読んだんじゃないかって心配になって、焦って話題を繰り出した。

「あ、ああっと、あのさ!ユリちゃん、化粧品詳しいじゃん!?最近どんなの流行ってんのかな!?」

「やだ、急になに言ってるんですかー園部さんってば。売り上げプルーフ見れば一目瞭然じゃないですか」

「あ、そっか!あはは、そーだよなー。なに言ってんだ俺!」

…俺はバカか?

あ~もうホント…アカネが頭から離れない。どうにかしたい。

「あ、でもね、ユリのお勧めはありますよ。たとえばこれとか、すごく良かったですよ。ぷるるんがずっと取れないの。香りもいいし、味も変じゃないし、あんまりベタつかないんです」

「へえ」

それはグロスだった。唇に塗るギラギラ光ってるやつだ。

ユリちゃんはどうやらいち早くこれを買って使ったらしい。

「園部さんもつけてみてくださいよー絶対良いですから!」

「は!?俺!?ばっか、俺はそんなんつけるわけないっての」

「えー。でも園部さん、好きな人とかいないんですか?」

「す、好きな…」

やばい…。

俺の頭にはまたアカネがぷわっと浮かんでくる。

嬉しそうに笑うアカネの顔。言葉が聞き取れなかったとき、「え?」って言って少し上半身を折り倒して俺の顔を覗き込んでくる、あの時の顔。

好きな…人…。

「園部さんの好きな人ってどんな人ですか?」

「ばっ!だ、だからそんなのいないってば!」

「えー」

女の勘って怖い…あやうくユリちゃんにバレるところだった。あぶないあぶない。俺に恋愛ごとなんてちっともイメージじゃないし気持ち悪い。こういうのは秘密にしとくもんだ。

俺はユリちゃんが欲しいといった商品を社割りでレジ通しして、今日は退勤時間になったユリちゃんにお疲れさまを言った。

ユリちゃんが買ったのは、ローズの香りがするとかいう化粧水だ。世の中にはこんなのもあるんだな。何でも、その化粧水をつけるとローズが漂うらしい。

匂いか…。

そういえば、アカネはいつも良い匂いがするんだよな…。

多分香水だろう。なんていう香水かな。

爽やかな感じの、男っぽい匂いだ。涼しいカンジがするやつ。たまにふわって香って、すごい良い匂いなんだ。

そういえばウチの売り場にも香水が売ってたな、と思って、俺はふらふらと香水売り場に足を向けた。

ショーケースの中にはいっぱいの香水があって、どれがどれだかさっぱり分からない。ユリちゃんに聞けば良かったかな。ああ、でも売り上げプルーフ見れば売れてる香水は分かるんだよな。

でも、アカネの香水がどれかなんて、プルーフには載ってない。

「園部ー!サッカー頼むー!」

「あ、はーい!」

レジ応援を呼ばれて、俺は慌ててレジに走った。

 

 

 

家に帰ってアカネがいないとホッとする。

緊張する時間が少なくて済むから。

アカネの部屋を覗いて、荷物があるとホッとする。

アカネはここに戻ってくるんだって分かるから。

自炊なんてものにも縁が無い俺は、いつもコンビニで弁当かカップ麺かパンを買ってきて食べてる。それか、外で済ませてくる。

アカネもそれと同様で、大体家に帰った後は何も食べない。

だからウチの冷蔵庫のなかには、いつ買ったんだか分からない卵と、牛乳、あとはまとめ買いのビールがあるだけだ。因みに卵は、いつだったか自炊に挑戦してみようと思ったときに買ったやつだ。結局残ったまま放置されてる。

彼氏の家にいって食事を作って…なんて話を聞いたりするけど、やっぱり男ってそういうのが好きなのかな。アカネもそうなんだろうか。

俺が見るとき、アカネは大概酒を飲んでる。ほとんどビールで、たまにウイスキーの水割り。結構飲むペースが速いのに、アカネはへべれけになったりしない。酒は強いんだ、とか言ってたっけ。

俺は酒があんまり飲めないから、アカネと同じペースでは飲めない。それがちょっと残念だと思う。

「はあ…」

まあどっちにしろ、食事を作るとかなんとか、俺には出来ないことだ。というか、やったとしても気持ち悪いだけだろうし。

TVを付けると、女物の下着のCMがやっていた。

胸の谷間を作る劇的UPブラとかいうやつだ。海外の、めちゃくちゃスタイルのいい女の人がモデルになってる。確かに胸のボリュームがすごいけど、これはそもそもモデルの胸がデカいんだと思うような気も…。

CMでは、売り上げが伸びているというようなことを言ってる。

そうか、世の中の女の子はそういうことにも興味があるわけだな。

小学校のとき、性教育の時間ってのがあって、不本意だけど女だった俺は、女の子だけ保健室に呼び出さるあの異様な雰囲気の中に一応は混じってた。

生理が始まりますよ。

胸が膨らんできますよ。

そんな話をされた。

確かに生理はきたけど、胸は板みたいなままだから、やっぱり俺はどっかおかしいのかもしれない。ホルモンのバランスとかいうのが変なんだろうか。

生理の時には仕方なく生理用ショーツとかいうのをはいてるけど、普段はトランクスをはいてる。それが慣れちゃったから、今でもずっとそのまんま。さして問題は無い。

ブラはほとんどの場合してない。たまにするけど、そういうときでもスポーツブラだ。ワイヤーが入ってない、ぺにょぺにょのやつ。それでさえ俺は窮屈だと思ってる。

下着ね…。

やっぱり男って可愛いブラとかつけてるほうが…とかいうことを考えて、俺は思わずハッとした。だめだだめだ!これは絶対に、最終的にアカネにいきつく思考パターンだ。

男ってそうなんだろうか?じゃあアカネも?

いつもそんなことを思ってしまう。

それで、ちっともそれに合ってない俺についてを考えてしまう。どうせ無駄だと分かってるのに、何故こんなことを意識してしまうんだろうか。

「はあ…」

俺は冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと、パックのままゴクゴクとやった。

こんな俺には、やっぱり「男」が似合ってる。

そうに違いないんだ。